ユー、イリバーシブル
行為や言動が及ぼす力を考える。人に囲まれ生活している以上、誰かから干渉されずにいるのはほぼ不可能だし、逆もまた然り。人は知らず知らずのうちに言葉や動作で他人に干渉している。
なにげない発言が、振る舞いが、誰かの未来を決定的に変えるかもしれない。気づいていないだけで、運命の分かれ道はそこかしこにある。今この瞬間だってそう。
では、自らの発言や行動で他人の人生を変えてしまったとして、どこまで責任を持てるだろうか。無意識によるものならまだしも、意識的に変えたならば、どこまでもその責任を負わなければならないのだろうか。
「所為(せい)」とは仕業、振る舞い、そうなった原因・理由を指す言葉である。「○○のせいで」といった場合、もたらされた原因を○○に求める意味となる。
一方「御蔭(おかげ)」は、他人から受けた力添えや恩恵を指す。「○○のおかげで」というと、○○によって良い結果がもたらされた、ということになる。
前者は悪い事柄について、後者は良い事柄についてそれぞれ使われる。
「あなたのせいです」と言われたことがある。それは彼女の晴れ舞台前夜のことだった。書類をめくる手が止まる。質問し返さなくても意味は分かった。この業界に引きずり込み、彼女の日々をいっぺんに変えてしまった。自覚はあった。
それから押し問答をひとつふたつ繰り返し彼女は事務所を出ていった。「夢見がちな人」と言い残して。
夢見がちな人。その通りだと思う。しかし、ままならないことばかりのこの業界で、トップを目指して走り続けるにはそうでもないとやっていけない。現実主義者は早々にリタイアするか、そもそも足を踏み入れさえしないだろう。
では、なぜシニカル極まりない彼女がここまで来れたのか。とりあえず業界に入るきっかけを作ったのは自分だ。しかし彼女はその場で引き返さず進むことを選んだ。なぜ?
それは、彼女もまた夢を見ているからではなかろうか。皮肉屋で、現実主義を絵に描いたような人なのにもかかわらず、である。
彼女の中で何かが変わっている。そう確信した。
(クリック音 2回)
声が、色とりどりの帯になって口から出ていく。ひらひら風になびきながら、一つまたひとつ螺旋を描いて空を上っていく。その螺旋から撒き散らされた水を浴びて、砂漠に草が芽吹く。瞬く間に草原になった。風が吹いて静寂。
200m先のT字路を直進してください
ひとつのイベントが終わった。達成感を得た。それに付随して予想外のハプニングが起きた。悲しいというよりむしろ嬉しいものだった。気持ちが弾んだ。しかし爆弾を首に巻いた、というか巻かれた。息がしづらい。ミスを犯した。さらに息苦しくなった。背後を見た。退路が断たれていた。喉元までせり上がる不安と後悔。楽しい気持ちが消えた。
背負う期待が大きくなるほど、足取りは重くなり右に左にふらふら。常日頃からしがらみに囚われているというのに、息抜きさえままならなくなった。この肩にのしかかる期待を下ろしてどこか遠くへ行きたい。走って走って肺が空になるまで走って、そのまま崖から飛び降りてしまいたい。
行動や発言の責任がすべて自分に帰結するが故やっていた。それはもう好き放題に。でも、もしそこに他人が介入するというなら話は変わってくる。なぜなら、自分の一挙手一投足が他人への迷惑を孕んでしまうから。ではその迷惑の責任は誰が取る?もちろん自分。取りきれるのか?おそらく無理。ならどうする?やめるか消えるかの2択でしょうね。
せめて燃え尽きる覚悟があったなら。残念ながらそんなものどこにもない。八方塞がりだ。
年年
眠いと思った数秒後には目が覚めるし、疲れた途端元気になって、外出したい気持ちと布団に篭りたい気持ちが同居しており、視界はキラキラしつつ泥まみれ、虚しさ、満足、焦燥、平穏。思考があらゆる直線上を忙しなく行ったり来たりしている。言葉は壁に当たって屑籠へ落ちた。
濡れたズボンの裾が乾いていくのを眺めている。ビニール傘越しの交差点、赤信号がぼやけて割れた。意識と無意識の間を揺蕩っていたい、揺籃の時期はとうに過ぎた、仲間たちは既に旅立ち部屋に1人。エアコンのスイッチを押す。冷たい風に雑念を乗せて心も体も空。平日は無曜日、週末は虚曜日。そういえばどこかに52回繰り返して元に戻る単位があるらしいですね。
一聴すると柔らかいが、その実きめの荒いドローンのように、触れば擦りむく板の上を裸足で歩いている。足に刺さったささくれが踏み出すたびに痛む。踏み出す、痛む。また踏み出してまた痛む。このままどこまで行けると思いますか?
ねじれの位置
太陽がさ、優しくしてくれるから勘違いしちゃったよ、まだ5時にもなってないじゃないか。そうやって好き勝手甘やかして、いつの間にかまた自分から遠ざかっていくんでしょう?まったく嫌になっちゃう。でもまぁ、あと少しその優しさに甘えていたいな。もう2週間もないけれど。
この季節は日が伸びていくから良い。暗いと気が滅入るから、なるべく太陽に触れていたい。まだ梅雨にもなっていないけれど、すでに真夏が恋しい。
初夏。誰も乗っていない電車とホームにあなたと自分、それぞれ立っている。他愛のない会話の中、刻一刻と迫る時間。言いたいことばかりが言えない。喉まで出かかっているのに。
「また連絡するね」
アナウンスとともに扉が閉まる。できるかぎりの笑顔を作る。車内のあなたは微笑んで軽く手を振ってくれた。電車はゆっくり動き出し、ホームから去っていった。
頭に浮かんでは消えていく思い出の数々。言えなかった思いが目から溢れて、消えない跡を頬に残す。今まで沢山の機会を逃してきた。きっとこれからもそう。
ネオン
都会の夜、交差点で信号待ちしている車から漏れ聞こえるクラブミュージックと、オフィスビルの隙間に覗く月。隣で若い女の子たちが誰が誰と付き合ってるとか、週末はどこに行こうかとか他愛のない話をしている。暑くも寒くもないこの時期、少し季節が迷子になっている気がする。
行為や言動が及ぼす力を考えていた。人に囲まれ生活している以上、他人から干渉されずにいるのはほぼ不可能だし、逆もまた然り。人は知らず知らずのうちに言葉や動作で他人に干渉している。
なにげない発言が、振る舞いが、誰かの未来を決定的に変えるかもしれない。気づいていないだけで、運命の分かれ道はそこかしこにある。今この瞬間だってそう。
では、自らの発言や行動で他人の人生を変えてしまったとして、どこまでそこに責任を持てるだろうか。無意識によるものならまだしも、意識的に変えたならば、どこまでもその責任を負わなければならないのだろうか。