水路

生活、まれに音楽

無題

「半径10km以内異常なし」
待機所から連絡が入る。よし、あとは帰るだけだ。
「朝早かったから疲れたわ」
「演習まで時間あるしそれまで少し寝たら?」
同僚のやりとりを聞きながら海を走る。頬を撫でる水飛沫が心地よい。お腹が空いた。昼ご飯は何にしよう?いつもはB定食だが、今日は無性に唐揚げが食べたい気分。たまにはA定食もいいな。
「3時の方向に未確認物体あり」
同僚から無線が入る。指示された方を見やると、遥か彼方の海原に小さな影を認めた。
おもむろに双眼鏡を取り出し覗く。人がいる。
「え」
青白い顔の女性。いや、女性というにはまだ幼い。子供が上を向いて立っている。
「なんだあれ?」
子どもがゆっくりこちらを向く。目が合った。
「全艦、ただちに帰投せよ」
双眼鏡から目を離せない。脂汗が背中を伝う。
「繰り返す、全艦ただ────」
2回目の無線で我に返る。空には夥しい数の爆撃機が飛んでいた。
「何やってるんだい早く逃げるよ」
同僚に手を引っ張られ、おぼつかぬ足取りのまま走り出す。
それからのことは、覚えていない。