水路

生活、まれに音楽

無題

引っ越すたびに、住む部屋の階を上げていく女の子がいた。まずはアパートの1階、次に2階、3階といった具合に。

理由を尋ねた。風景が良いとか、単なる偶然とかそういう返事を期待して。
「高い階に住めばいつでも飛び降りられるでしょう」
予想外の答え。黙る僕に彼女は続ける。
「知ってる?人って5階以上から飛び降りないと死ねないんだって」
最後に会ったのは、彼女がまた引っ越しを決めたとき。そして、当時住んでいたのは4階建てのマンションだった。


毎日波に捕われて、溺れぬよう四苦八苦している間にも周囲の人は遠ざかっていく。四苦八苦といっても結局は現状維持、進めないままずっと同じ場所にいる。ようやく凪を得たとして既に体力はゼロ、疲れ果て漂うだけ。静けさがなんとも虚しい。


一日中、市役所のスピーカーが「お母さんの無知を責めないでちょうだい」と繰り返しアナウンスしている。責めるわけない、と呟いて布団をかぶった。いい加減、硬いベッドで寝るのにも飽きてきた。