水路

生活、まれに音楽

無題

「そうですか、名残惜しいけど仕方ないですね‬」

居酒屋に入る。ジョッキのビールと鳥の唐揚げ。いつも通りの注文だ。
「ご両親には伝えてあるんですか?」
いや、と答える。ビールに口をつけてから乾杯がまだだったことを思い出す。
「伝えるわけないよ、止められちゃうだろうからね」
唐揚げを頬張る。予想以上に熱い。慌ててビールでのどへ流し込む。向かいの彼は顔色一つ変えず黙々と食べている。
「熱くないの?」
「これくらい平気ですよ」
最近、自分は猫舌なんじゃないかと思うようになった。
「日程は決めてるんですか?」
「うん」
「いつ?」
皿に残されたレモンへ視線を落とす。
「言ったら君も止めようとするでしょ」
彼は少し考えてから「確かに」と答えた。
卵焼きとキムチを追加する。それとビールも。しばらくの沈黙の後、テーブルへ運ばれてくる料理たち。店員が去ってから彼が口を開いた。
「すみません、多分止めないです」
「なんで?」
「なんとなくその気持ちわかるんで」
「ハハハ、そっかぁ」
口に含んだビールが舌に染みる。どうやらさっきの唐揚げで火傷したらしい。
「なんかありがとう」
彼は無言で頭を下げたのち黙ってしまった。
料理を食べ終え店を出る。今日は奢るよ、というと小さく「ありがとうございます」と返ってきた。
「それじゃあまた」
駅の改札で別れる。これもいつも通り、何も変わらない。
駅のホームへ上がり何本か電車を見送る。まず各停、次に急行。誰もいないホーム、腰掛けたベンチはひどく冷たい。間もなくして警笛が鳴り響いた。
「3番ホームご注意下さい。電車が通過します。黄色い線までお下がり下さい
アナウンスとともに、立ち上がる。

無題

引っ越すたびに、住む部屋の階を上げていく女の子がいた。まずはアパートの1階、次に2階、3階といった具合に。

理由を尋ねた。風景が良いとか、単なる偶然とかそういう返事を期待して。
「高い階に住めばいつでも飛び降りられるでしょう」
予想外の答え。黙る僕に彼女は続ける。
「知ってる?人って5階以上から飛び降りないと死ねないんだって」
最後に会ったのは、彼女がまた引っ越しを決めたとき。そして、当時住んでいたのは4階建てのマンションだった。


毎日波に捕われて、溺れぬよう四苦八苦している間にも周囲の人は遠ざかっていく。四苦八苦といっても結局は現状維持、進めないままずっと同じ場所にいる。ようやく凪を得たとして既に体力はゼロ、疲れ果て漂うだけ。静けさがなんとも虚しい。


一日中、市役所のスピーカーが「お母さんの無知を責めないでちょうだい」と繰り返しアナウンスしている。責めるわけない、と呟いて布団をかぶった。いい加減、硬いベッドで寝るのにも飽きてきた。

無題

「半径10km以内異常なし」
待機所から連絡が入る。よし、あとは帰るだけだ。
「朝早かったから疲れたわ」
「演習まで時間あるしそれまで少し寝たら?」
同僚のやりとりを聞きながら海を走る。頬を撫でる水飛沫が心地よい。お腹が空いた。昼ご飯は何にしよう?いつもはB定食だが、今日は無性に唐揚げが食べたい気分。たまにはA定食もいいな。
「3時の方向に未確認物体あり」
同僚から無線が入る。指示された方を見やると、遥か彼方の海原に小さな影を認めた。
おもむろに双眼鏡を取り出し覗く。人がいる。
「え」
青白い顔の女性。いや、女性というにはまだ幼い。子供が上を向いて立っている。
「なんだあれ?」
子どもがゆっくりこちらを向く。目が合った。
「全艦、ただちに帰投せよ」
双眼鏡から目を離せない。脂汗が背中を伝う。
「繰り返す、全艦ただ────」
2回目の無線で我に返る。空には夥しい数の爆撃機が飛んでいた。
「何やってるんだい早く逃げるよ」
同僚に手を引っ張られ、おぼつかぬ足取りのまま走り出す。
それからのことは、覚えていない。

青い靴

今日は食べ物ではなく風景だった。冷たく澄んだ新潟の山々。民宿の主が亡くなって久しい。彼の飼っていた金魚はどうなったんだろうか。



浴びるように酒を飲んで床に就いた。目覚めれば午前5時。焦燥感を煙草で紛らわせながら朝を待つ。 ここではないどこかへいきたい。最近ずっとそう考えている。ロシアでもハワイでも、天国でも地獄でもいい。とにかくここにいたくない。



「線路に飛び込むとき、人の背中には天使の翼が生えるんです」 墓石を撫でるたび思い出す君の言葉。

Himuro Yoshiteru

久々の日記というわけで音楽紹介。今回はHimuro Yoshiteruについて。


Himuro Yoshiteru(氷室良晃)は福岡県出身のプロデューサーです。1990年代後期から活動しており、ラッパーへの楽曲提供も行っています。
音の特徴として、まずヒップホップ由来の重いリズムが挙げられます。とはいってもただ重いだけでなく、何重にもノイズが織り込まれており、意表を突いた音が挿入されるなど凝った作り。そしてその上に乗るメロディはジャズの影響を感じさせ、どこか憂いを帯びています。
オススメは"REM Sleep"(アルバムOUR TURN, ANYTIMEより)。

秒針の音とクラップにまとわりつくノイズ、浮かんでは沈むメロディ。いかにも彼らしい曲。


個人的には"Bootprint" (Fushigi Man EP収録)や、"a cicada in wrong season" (OUR TURN, ANYTIME収録)もお気に入り。後者は珍しく全編4つ打ちの曲で、フワフワ漂うピアノやマレットが心地良いです。


最新音源は2019年9月にリリースされたアルバム"View From Bottom"。今までの作品より音の奥行きが増したように感じます。相変わらずカッコいいので是非。

唐宮駅 2番ホーム

聴き慣れない言葉、ふらつく女性、扉が開いてこちらを一瞥、電光掲示板に遅延の文字列、エンジン、徐々に上がる回転数、汗と香水の混じった臭い、橋を渡る光、月のない空、日本語と英語のアナウンス、その繰り返し、笑う若者、サラリーマンの隣は空席、転がるカップ酒、床に円弧

「まもなく██、██。お出口は左側です」

通り過ぎる踏切に、君の面影を見た。

通学路に陽炎

チャーハンから上る湯気を見ている。ため息1つ。なんとも落ち着かない。


町内放送「██地区にお住まいの███さんが、今日の午前10時頃家を出たきり行方不明になっています。
(視界にモヤ)
身長は170センチ、体格は普通。服装は紺のジャケットにベージュの長ズボン。見かけた方は市役所までご連絡ください」
(擦れる音)
「繰り返します」
手元が熱い。パーカーのポケットから落ちたライターを拾う人、の横を通り過ぎる車。DVDは借りたまま机に平積み。思考が千切れて不意に静寂。パチンコ玉の転がる路地裏、毛繕いする猫を子供が指差し「ニャーニャー」と言う、それを見て母親は微笑む。


「お寿司はシャリでお腹いっぱいになるのが嫌だからネタだけ注文できるようになってほしい」
「それだとお寿司じゃなくてお刺身になっちゃうでしょ」
(笑い声)

年がら年中イヤホンをつけているから、耳を塞ごうにも痛くてかなわない。気持ち次第でJPOPだってノイズミュージックになる(恐らくこのとき噛んでるガムの味を忘れた)。
来週は暇だ。つまり忙しい。

ホリデーなんて洒落た名前ね、そんな喫茶店どこにもないけれど。